うちの長女、現在6歳。
幼稚園の年長さんです。
年長さんになってから、週の半分は療育センターに行ってます。
診断は、ADHDなおかつ自閉症スペクトラム。
聴覚過敏と協調運動障害もあり。
そして、4ヶ月前に受けたWISC の結果「知的な遅れが疑われる」とのことで。
なぜか、数値は教えて貰えなかったんですよ。(ショック受けると思われたんでしょうか。なおかつ、バラつきがあって数値の算出は慎重にする必要があったようで…)
1~2年前の田中ビネーでは境界域だったので、今回の結果はたぶん「軽度知的障害」のレベルだったと推測します。
療育手帳申請も勧められ、来月、児童相談所に行って来ます。
娘が発達障害であることは、もうとっくに受け入れました。(受け入れたつもりです)
発達障害が一生治らないことも含めて。
もちろんすぐに受け入れられたわけではなく、「もしかして?」と疑い始めてから実際に診断がつくまでの間、「うちの子は違う!発達障害なんかじゃない!」「ちょっと個性的なだけ!」と一人で散々悩んで凹んでもがき苦しみました。
そういう長い期間を経て、やっと受け入れることが出来たのです。
なぜなら、受け入れないと、とてもじゃないけど育てられないくらい、
そのくらい大変な子だったから。
それにたぶん…私も含め、私の父母、兄弟、親戚にも、怪しい人がわんさかいますから(^_^;)
完全に私側の家系から来た遺伝だよ…
ただ、つい最近指摘されたばかりの「知的障害」に関して言うと、まだまだ、受け入れ切れていない自分がいます。(時間の問題が大きいと思います)
ウソだ!間違いだ!
うちの子きっとそのうち正常域まで伸びるから!
みたいな…はっきり言って
根拠のない「希望的観測」が、頭の中でワーワー騒いでいる感じです。

「発達障害に関してはとっくに受け入れた」
と書きましたが、
「受け入れる」ってどういうことなのかな、と改めて考えてみました。
実際私は、娘が発達障害であることを、認めました。
そして本やネットを読みあさり、障害の特性や接し方について、学びました。
その後、娘の発達障害について幼稚園やジジババ、役所関係に、報告しました。
そして毎日、娘の困り感が少しでも改善するように、就学に向けて、最低限のことが出来るように、一緒に練習したり工夫したり、親として出来る限りのことはやっているつもりです。
(…あくまでも、つもりですけどね)
ただ「あなたの子供が発達障害で、心の底から良かったと思いますか?」
と聞かれたら、
…たぶん、言葉に詰まります。
子供が定型発達だったらこんな苦労しなくて良かったはずなのに。
もっと別の、今よりハイレベルなことで悩んだり、もっと別のことに、時間を割けたはずなのに。
学生時代の友人たちとも、娘がもっと普通っぽい子だったら、子連れでランチしたり、子供一緒に遊ばせたり、出来てたんだろうな。…したかったな。
これが本音です。
でも、ある日突然神様が現れて、
「お前の娘を定型発達にしてしんぜよう!」
とか言ってきたら
私は「はい是非ともお願いします!」
って、答えられるだろうか?
…たぶん、お断りするかも知れません。
だって定型発達なんかになったら、
うちの子の可愛いところも、面白いところも、いいところも、大好きなところも、
全部無くなってしまう!と感じるからです。
それもたぶん、本当の気持ちです。
矛盾しているように感じるかも知れませんが、どちらも本当に、そう思うのです。

それなのに、私は全然、いいお母さんになれない。
障害の特性から来る変な言動や、癇癪や、パニックや、悶絶するほどの物覚えの悪さを、
笑って、許せる日もある。
でもどうしても、無理な日もある。
なんでなんでなんで?!
なんでこんな事するの?!
なんでこんな事も出来ないの?!
と、子供には絶対言ってはいけない(ここにも書けない)ようなNGワードを心の中で絶叫しながら、
ギリギリの精神状態で、娘と向き合って…
いや、「背を向けて」しまう時があります。
私は「娘が発達障害であること」については、完全に受け入れられたと思っています。
でも「発達障害のある娘」という存在をまるごと100パーセントは、受け入れられていないのかも知れません。
もちろん、本当に大好き!可愛い!と思える時もあります。
でも、その全く正反対の時もあります。とてもとても、苦しい時間です。
振り子のように、その両極端な気持ちを行ったり来たりしています。
それは1週間単位であったり、1日単位であったり、はたまた1時間単位であったり。
よく会うご近所さんに、同い年の健常定型発達の女の子がいます。
比べるな、って言われても、無理ですよ。比べてしまいます。そして、苦しくなります。叫びたくなります。
でも平静を装って、笑っています。
…うちの子も、○○ちゃんみたいだったら…
ちょくちょく頭をよぎります。苦しいです。
でも思うんです。
「このまま、苦しくてモヤモヤしたままの子育てでもいいんじゃないか」って。
子供の障害を100%受け入れる立派な親になんかなれない!
モヤモヤしたっていいじゃないか!
親だって人間だもの!

赤子の時からとにかく育てにくかった娘。
「発達障害」の言葉が頭をよぎったその日から、ネットで調べまくりましたよ。
「娘が発達障害なんかじゃない証拠」を。そりゃもう必死でした。
でも調べれば調べるほど、完全に黒だったんです。
否定したい気持ちが粉々に砕かれて、それはそれは壮絶な葛藤を経て…
なんとか心に落とし込みました。あぁうちの子は発達障害なんだな、と。
どのくらい時間がかかったでしょうね。今では思い出せませんが。たくさん泣きましたよ。
そして今やっと、娘と一緒に頑張るぞ!モードになれたわけです。
障害受容プロセスなら「再起」の段階ですね。今でも、たまに泣きますけどね。
そんなところに宣告された、知的障害の可能性!
今から4か月前のことです。
今はまだ完全に、障害受容プロセスの「否認」の段階です。
実際、幼児期の知能指数って変動する可能性もありますよね?
ねっ?ねっ?ねっ?
…ってほら、希望的観測にすがりまくりなんですよ。
この先どうなるかわかりませんが、奇跡の知能指数急上昇!が叶わなかったその時は…
発達障害を受け入れた時と同じプロセスで、ゆっくりと、反吐を吐く程の葛藤の末に
「あぁ、娘には知的障害もあるんだなぁ」と素直に受け止められる日が来るんでしょうかね。
クリックでランキングが上がる仕組みです。押して頂けると励みになります。
最後まで読んで頂きありがとうございました。