車いすユーザーには
「ありがとうございます」
「すみません」
とペコペコ頭下げて生きることを要求しておきながら、
非車いすユーザーは
「バリアフリーとか言ったって金や人手やスペースの問題もあるんだから全ての場所は無理でしょ?
車いすユーザーはそれくらい我慢してバリアフリーの場所だけ利用して生活すればいいじゃん」
ってふんぞり返ってるのってどうなの?
むしろ非車いすユーザー側も
「本来は全ての公共スペースが完全バリアフリー化されるべきだと思うけれど、お金や人手やスペースの問題で今すぐには難しいケースも多いのが現状です。
健常者最優先に設計された街や社会で、車いすユーザーの方々には不便な思いや肩身の狭い思いをさせてしまってすみません。
そんな中、公共施設への事前連絡やわざわざバリアフリー化されている場所を調べて利用するなどの工夫や手間で社会に合わせようと努力して下さって、ありがとうございます」
って車いすユーザーに謝罪と感謝の意を持って生活するべきじゃないですかね?
車いすユーザーがバリアフリー化を訴えてちょっとやりすぎ(?)な行動に出ると、非車いすユーザーの一部(?)は「それは流石にわがまま!」とか「その偉そうな態度は何様?」とか「ありがとうとごめんなさいは?」とか、
「少数派がガマンしたり不便だったりペコペコ頭下げて生きるのは当たり前でしょ!?」
とバッシングする。
なんで健常者(非車いすユーザー)の一部(?)はそんなに偉そうなの?
そういうとこじゃないですかね?
私も明日もし事故で車いすユーザーになったら、今までみたいに誰にもペコペコ頭下げずに自由にバスや電車で移動したり思い付きでふらっと店に入ったりできなくなるのかな。
助けてもらったり手伝ってもらったらそりゃ「ありがとう」や「ごめんなさい」もするけど、
どこに行くにも何をするにも頭ペコペコ下げて生活するのを「当たり前でしょ?」と言われる生活なんて、考えただけでも疲れるし頭下げ過ぎで首がもげそうだしなんか惨めだし、外出するのイヤになっちゃうかも知れない。
読みにくいまとまりの無い文章でごめんなさい。
ずーーーーーっと思ってたこと、爆発しそうで。
〈追記〉
何が言いたいかというと、
車いすユーザーや障害者が頭ペコペコ下げなくても生活できる社会を目指そうぜ(今すぐには無理でも)ということ。
この人そんなにおかしなこと言ってる(やってる)か?
多少過激に思える部分も、啓発のために必要なのだと思う(そのくらいしないと見えないふりされるから)
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