長女が将来精神疾患を発症したら、私のせいだ。
私が暴言吐いたから。
私には長女の母親などという大役は務まらない。
長女は施設で暮らした方が幸せなんじゃないだろうか。
でも長女は私が大好きだという。
いつも怒ってるわけじゃないし、常に暴言吐き続けてるわけでもないし、暴力も振るわないし、
半分くらいは、楽しくて優しいお母さんかも知れない。
でもそうじゃない時があるんだ。どうにも我慢できなくて、
長女を傷付ける言葉を吐いてしまう。止められない。
後から謝ったって駄目だよね。一生覚えてるよね。傷ついてるよね。ごめんね。
許して欲しいとは思わない。一生憎まれても仕方がないような母親だから。
でも長女には幸せになって欲しい。
だけど、私は、私も幸せになりたいんだ。
私が、あれしたいこうしたい、どうしたい、何が欲しいとか、
そういうエゴがあるから、長女に無性に腹が立つ時があるんだ。
今日だって、長女がなかなか登校しないせいで、メンクリの予約に間に合わなかった。
今日はもう行けない。
こんなんじゃろくに予定も立てられない。毎日の見通しが立たない。安心できない。
体調が悪い時、身体を休めたくても、長女が理不尽な要求を繰り返す。ジャイアンみたいに騒ぐ。
休めない。私だって人間なのに。
長女が体調悪い時は、ゆっくり休ませてもらえて心配されて看病してもらえるのに。
ズルい。
私は子供の頃、親を困らせないようにいっぱい我慢して、いっぱいいっぱい頑張って、
それでも認めて貰えなかったのに。
長女は周りを困らせてばっかりなのに、こんなに優しくされて、守られて、ありのままを受け入れられてるのに。
ズルい。甘えるな。
そういう気持ちが私の中にある。隠してるけれど、確実に。
私自身もまだまだ子供なんだ。満たされない子供。
誰かに甘えたいし、愛されたいし、守られたいし、ありのままを受け入れて欲しい。
大人の皮を被った満たされない子供。
同世代の母親たちと同じように出来ない。
家事も育児も。特に親戚づきあいご近所付き合いママ友付き合いPTA、冠婚葬祭、暗黙のルール、社会常識、宴席での立ちふるまい、
そういうのが徹底的にだめ。
若く見られる。悪い意味で。
恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。
毎日必死で、少しでもまともに見えるように、失敗しないように、少しでもマシな母親になれるように、本当に必死だ。
もしかしたら表面的には、短い時間なら、浅い関わりなら、普通に見えるかも知れない。
でもすぐにボロが出る。恥ずかしい。
天然とか不思議ちゃんとか、若い頃はそれで許されてた。
でももう40代だ。母親だ。
恥ずかしい。普通になりたい。
自分を責める癖が治らないのは、本当に私が劣っていて、だめな人間だから、当然のことなんだ。
劣等感じゃなくて、紛れもない「劣等」なんだ。
もう疲れたな。休みたい。休ませて欲しい。
休んでも休んでも足りない。
でも母親としての責任があるから、生きなきゃならない。
冷蔵庫にアップルパイ入ってたな。
食べよう。
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